絵が描けないと言う人に想像で富士山を描いてくださいと言ったら、少なくとも台形を描いて青で塗りつぶすことぐらいのことはやってのけると思いますが、そういう誰でもできることをあえてやってみることこそ、自分の感覚を養うためには最高の訓練と言えます。海を描くにしても海面を斜め上空から見下ろした状態を想像で描く事は非常に困難なことですが、真横から見た海面であれば波があって波の上は雲、下は魚を一匹でも描けば、水辺の生命体がある種の動的な画面を作り出します。

想像で何かを描く事ほど難しい事はないと思うかもしれませんが、深く考える必要はありません。極端な話、描かなくても1枚の画用紙を好きな色で塗りつぶすだけでも、それは心の中の感情表現の抽出と言う意味において、際立って美しい絵画へと変貌を遂げます。オランダにモンドリアンという画家がいましたが、彼は四角形に直線だけを施しただけの絵画で世界中から絶賛されました。要するにリアルでなくていいので、好きなように線を描き、配色を施すだけで、絵は完成すると言うわけです。

とくに絵を描くことに躊躇したら、まずは好きな色が何かを知ることから始めましょう。例えば黒で紙を塗りつぶしたら、白い絵の具で自分の名前を書いてみると不思議なことに、妙な臨場感が生まれます。絵を描くのに文字?と思うかもしれませんが、これは実際にやってみると実に楽しい作業です。言うなれば文字も絵もアートと言う1つの媒体に組み込まれるということが実感できるので、黒い画面に飽きたら、青、赤、緑と順番に強調色を使って画面を塗りつぶして見ましょう。そういう作業を繰り返すことによって、自分の好きな色が分かってきますから、絵を描く前の準備段階という点では楽しく取り組む事ができるので、お勧めします。

また油絵で肖像画を描くときには、訓練が必要になりますが、人物をリアルに描く時と、想像でデフォルメした状態にしたい時ではまったく異なった方法論が存在しますので、自分がどのような方向性を目指すべきかよく吟味しなければなりません。リアルな肖像画は、遠近法と光と影などの色の調和から学ぶ必要があり、デフォルメした構図で勝負したい時は、しゅんぱつ的な脳と筆を動かす指先との呼応を鍛え上げなければならないので、表現の応用と言う意味では非常に高度な技法を積み重ねる必要があります。

では風景画はどうでしょうか。もし風景画を想像で描くとしたら、木を描くべきでしょうか、草を描くべきでしょうか。答えは4画で描ける何かを探し当てることが、バランスのとれた画面構成を担うのに適していると言えます。上記で述べた富士山を台形で描く事も重要な基礎と言えますし、草であれば細長の三角形で事足ります。木は縦長の長方形に三角形を組み合わせれば完成しますので、後は全体的なバランスを整えればいいので、ある種の単純作業が織り成す奥行きのある絵画が完成します。

これらの訓練は、子供よりもおとなが実践するべき課題と言えます。子供はおとなに比べると感覚が柔軟なので、あまり論理的な技法を施すことは、逆効果になってしまいますので、今の気持ちはどういうものであるのか、何をやっているときが楽しいのかというような質問をぶつけることによって、それを絵を描くためのビジョンとして成長を促すことを考える方が合理的と言えます。

基本的に絵を描くのが苦手だとする人達は、何を描いていい分からないから悩むわけで、ちょっと工夫してお題を出せば、脳と視覚のピントが一致して、指先に自分なりのアプローチが伝わりますから、技術的なことを考える前に感覚を養うことが重要と言えます。